9ヵ月ほど前に、オウム真理教の後継団体である組織を野次馬しに遠征したことがあった。
暇な大学生の身分であるため、時間を割こうと思えばいくらでも割けるのである。
だから岩倉にひかりの環の支部ができたと聞いた時には、「よし、是非行こう」「日本社会にケンカを売った終末論教団の姿を一目見てやるのだ」と意気込んだものだった。
下は当時私が見た新聞記事のアーカイブ。原本は削除されてしまったが、有志がウェイバックマシンに保存してくれていたようだ。
↓この記事を見た当時の私の反応。
「ひかりの輪」愛知の拠点が岩倉に オウム真理教の後継団体https://t.co/442FZ6Knvx
— コユウダラ (@KoyuuDa116) 2022年1月23日
とうとうひかりの輪まで来たのか、ますます魔境だな岩倉は
野次馬しに行こうかな
野次馬根性をむき出しにした私は、浮ついた足で現場に向かった。
(切符まで買ってウキウキ)
が、実際来てみて見上げた建物の何とみすぼらしかったことか。
一般的な一戸建に、その教団の支部はあった。
表札もなく、誰からもその存在を明かさぬようにとひっそりと息をひそめるように、住宅地の奥まった所に建っていたのだ。当然、教団の名を掲げた看板なんぞも無い。
これが、かつての大教団の慣れの果てか。
いや、いや、あのオウムの貧乏クサさは今に始まったことではない。金も生まない出家信者を大量に養わねばならなかったオウムは、常に貧乏で金策に困っていた。
しかしこうまで落ちぶれてはいなかった。
胸に湧いた寂寥感は、いったい何なのだろう。盛者必衰を感じたからか。期待外れに肩を落としたからなのか。
私はバタバタと足音のする建物(おそらく見られていたのだろう。この様子から察するに、普段から私のような来訪者が見に来るのではないか。なんだか哀れだ。)に背を向け、駅へ向かって歩き出した。
道中、近場の高校か中学かの学生が、友人らと語らっている内容が耳に入った。どうやら「オウム」「道場」の単語が聞こえる。当たり前だが、近所ではあの建物は有名らしかった。
隠れ潜むことすら失敗しているのか。ままならないな。
だからといって可哀そうと思ってはならない。所詮は未だにカルト。凶悪性に関してはもう一つの後継団体の方が強いが、こちらだってあのオウムから生み出されたモノだ。全く油断にならないし、彼らに心を許すべきではないな。
しかし岩倉というのは魔境だな。あのキチゲェを輩出しただけに飽き足らず、マクレーンやら岩倉サンタにグエン一味まで抱え、果てはオウム後継団体までやってくるとは。まさしく奇跡の土地だよ、たまげたなぁ。
[某教団所在地]
[示現舎の記事]